「代価は要らないから、全ての本を引き取ってもらえませんか」
君が馴染みの古本屋の店主にそう尋ねると、彼女は承諾の代わりに、何かあったのかいと訊いてきた。そういうことが出来る人間になりたかったんですよ。君は本当の理由を言わずに誤摩化した。


君が所有する本のほとんどはハードカヴァーの文学書で、数えてみるとそれだけで百五十冊弱になった。その他にエリオット・アーウィットの写真集が数冊、幾つかの詩集とエッセイ、ビジネス書、エトセトラ。
ページを開かない、と決めてから本棚へ手を伸ばしたのは、アルバムを捲るような感傷に浸りたくはなかったからなのだと思う。探していた古い手紙や写真が挟まっていたら? と僕が訊ねると、下らないことを訊くなといった表情で「無くしたものを見つけた時、大概は現在必要としていないことを、彼女に教えてもらったんだ」と笑った。僕は、それも本のどこかに挟まっていた台詞のくせに、と笑い返した。


店主は段ボールを抱えて現れた君の姿を見るなり、本当に持ってくるなんて思わなかったと驚き、私には無理ねと続けた。君も無理だと思っていたと返した。愛着のある本はないのかいと尋ねられ、全部ですと答えた。全部が好きだったと答えた。