2008-01-01から1年間の記事一覧

見上げた月があまりにも綺麗な弧を描いていたので、あれは優月の“月”なんだよ、と娘に教えたことがある。以来、彼女は陽が沈むと思い出したかのように「ゆづきの おつきさまはぁ?」と外に連れ出そうとし、僕も晴れた夜ならば「うさぎさん、お餅をついている…

何かを失う時くらい、君は構えるべきだった。 そんな相槌を返す僕に「ただの説教なら訊かない」と君が笑うから、ただの見解だよと誤摩化した。君はひと呼吸を置いたまま物思いに耽り、やがてお気に入りの台詞を口にするように「彼に忘れられてゆく私は何を忘…

「有り難う」でもなく「ごめんね」でもなく、私たちは「さよなら」で別れましょう。そう思ったのだと話す君を誇らしいとさえ感じた。 男前だな、と笑う僕に、君は少しだけ口元を上げながら「褒められてるんだよね」と笑い返す。それから、何年続いたのかだと…

「夏は終った」と君がいうから、何を根拠にそう思ったのか分からないけれど便乗することにした。急いで風鈴を外し、風情がないと嫌悪していた冷風機を片付ける。点し忘れた花火をバケツの水に浸しながら、暮れる陽の高さと速さを確かめて、薄らと滲んだ額の…

君の前では零せない涙だってある。 面倒な女の台詞でしょう。そう訊ねる君に、僕なら言われたくないな、と笑った後で「だけれど、意味がないよ」と返した。小さく頷いた君は「意味を考える前に、」と悪戯な表情を浮かばせて「理由を知ることが先だと思わない…

それぞれの都合を優先させて、初めて君の命日を一人で過ごした。 昔のように生きられなくなってしまったことを「必然」で片付けたくはないけれど、たぶんそういうことなのだと思う。被害妄想だらけの年齢が過ぎてしまえば、いつまでも好戦的な態度で悲しんで…

僕にとってのターニングポイントは、いつだって季節の変わり目でありたい。例えば春雷が鳴り響いても、事を諦めるには丁度良い雨だと思いたい。何かを始めたり終わらせたり、継続のその決意でさえも、季節に合わせてゆけばきっと上手く運ぶような気がする。…

降り止まない雨の例えの後で、だけれど私は、と君は笑った。私は陽の温もりだけで足りるほど謙虚な人間じゃないよ。 そんな古い記憶を巡らせたのは、君から届いた「らしく」はない便りに動揺したせいなのかもしれない。格式張った招待状の隣で歪にひと折りさ…

「代価は要らないから、全ての本を引き取ってもらえませんか」 君が馴染みの古本屋の店主にそう尋ねると、彼女は承諾の代わりに、何かあったのかいと訊いてきた。そういうことが出来る人間になりたかったんですよ。君は本当の理由を言わずに誤摩化した。 君…

フライング。 嘘をついた君に、意地悪く暦を指して、そう笑った。 君にとって記憶とは、もう一度その瞬間を生きることなのだと思う。 逢えないだけでは忘れられない。つまりはそんなふうに。

彼は「さようなら」と告げ、君は「またね」と手を振る。 そんな君の挿話がいつしか本筋に変わり、グラスに入れた三個分の氷が溶けてなくなる頃、依存はその頃から始まっていたのね、と君は結論づけた。僕はどのタイミングでそのことを指摘しようか迷っていた…

失いたくはないだけで、ただ手にしている。 いけないことではないよね。ひとり言の様に訊ねる君の台詞に、そうだったら良いな、と思いながら「希望的な観測は好きかい?」と訊いた。君ははにかんだ後で小さく首を振り「質問をする時は、いつも答えを決めてか…

もうすぐ、とはいっても一年以上はあるのだけれど。 それでもそう多くはない時間が経ってしまえば、僕らの二十代は終わってしまう。その時には「三十路の世界へようこそ!」なんていう周りからの台詞に、どんな返し方をも用意していなかった僕らは、ヘラヘラ…