北風に雲が千切れ離れさせてゆく様を見つめながら、私はあの雲によく似たものを知っている。そんな彼女の言葉を誰かが思い出してしまったから、薄情にも褪せはじめていた色彩が僕にも甦ってきた。
彼はジョンレノン・ドリーマーで編まれたマフラーを居心地が悪そうに巻いていた。僕らは時間や経緯こそ違えど、それぞれ彼女から遺品を託されている。それは置き忘れられた書籍や贈り物の小物も然り。僕の場合はキース・ジャレットのCDがそうなってしまった。いつだって彼女の趣味は洒落ていたように思える。
いつのまにか四半世紀を生き抜いてしまった僕らのように、彼女も生き抜くものだと信じていた。歳相応な語りやアルコールの飲み方はこれからも続くのだと。いつ彼に正しいマフラーの巻き方を教えるのかとやきもきだってしていた。だけれどそれは離別と共に叶う事はなく、彼は相変わらず呼吸が苦しそうに寒さを凌いでいる。
たぶん彼女は分かっていたのだと思う。千切れた雲は彼女自身だったという事を。もうすぐその雲は僕らに雪を募らせるのだろう。